- コンセプトは「子どもが嫌がる歯磨きを楽しい時間に変える」
- 京セラ、ライオン、ソニー3社それぞれの想いを試行錯誤の末、実現
- クラウドファンディングで支援を募り、目標額の2000万円を達成
(お話を伺ったのは)
京セラ株式会社 研究開発本部 メディカル開発センター 東京事業開発部 事業開発3課
稲垣智裕さん
父親として、エンジニアとして
京セラの技術力を応用し、歯磨きを親子の楽しい時間にしたい
編集部:ポッシの特徴をお聞かせください。
稲垣:ポッシは簡単に言うと、歯を磨いている時だけ音楽が聴こえる歯ブラシです。歯磨きをしたくないお子さんでも、おとなしく口を開けてくれるので、お父さん、お母さんの仕上げ歯磨きがしやすくなるアイテムです。私の知る限り、開発時点では世の中にこうした商品は他にありませんでした。
編集部:歯を磨いている時だけ音楽が聴こえる仕組みについて教えてください。
稲垣:ブラシが歯に当たると、歯ブラシのヘッド部分に内蔵された圧電セラミック素子の働きで、歯に振動(音)が伝わるようになっています。圧電セラミック素子は、京セラの携帯電話やスマートフォンにも使われています。
編集部:とても愛らしいデザインですが、なにかモチーフはあったのですか。ポッシの名前の由来についてもお聞かせください。
稲垣:動物のしっぽのようなフォルムから歯ブラシをキャラクターに見立ててデザインされています。子どもたちに親しんでもらえるようポップでカラフルな色合いにもこだわりました。商品名は「しっぽ」をもじって、ポッシとネーミングしました。子どもたちの可能性=ポッシブルとも掛かっているんですよ。
編集部:そもそもの開発のきっかけは?
稲垣:私は、圧電セラミック素子の他の用途での活用方法を模索する過程で、デジタル化・大出力化を実現した「振動アクチュエーター」を開発しました。これを骨伝導イヤホン向けの部品で他社に提供できないかと検討する一方で、何か面白い切り口がないかと考えていました。ある日、自宅で電動歯ブラシを使っていて、あまり使い心地がよくないことにふと、気づきました。ボディは重いし、振動で手がしびれるんですよね。そこで、ヘッドの部分に圧電素子を内蔵させて振動させればボディの部分の振動が抑えられるのではないかと思いつきました。ちょうどその頃に、SSAPに参加しないかと声を掛けられ、このポッシにつながるアイデアで勝負してみようと思いました。私自身3人の子どもを持つ父親で、子どもの仕上げ磨きにはかなり手を焼かされてきたので、父親として、エンジニアとして自分の持つ技術を毎日の育児に活かせればと意気込んでいましたね。
編集部:ポッシは電動歯ブラシではないものの、そもそもの発想は電動歯ブラシに対する不満がスタートだったんですね。先ほどから出てくる「SSAP」とはどういった活動なのでしょうか。
稲垣:SSAP とは「Sony Startup Acceleration Program」の略称で、スタートアップの創出と事業運営を支援するソニー株式会社(以下、ソニー)のプログラムのことです。京セラは部品事業がメインですから、ソニーのように一般ユーザー向けの商品を市場に多く送り出してきたわけではありません。これまでソニーが培ってきたノウハウを提供してもらいながら、ノウハウを学んでいく我々にとっては絶好の機会でした。
編集部:ポッシは京セラブランドの製品になるのでしょうか。
稲垣:はい。ポッシの製造、販売、最終的な責任は京セラが担います。製品化に向けて実際に作るのは京セラで、ソニーはあくまでもサポートする立場です。今回の商品は京セラとライオン株式会社(以下、ライオン)のコラボ商品という名目で、製造と販売を行うのが京セラという位置づけになります。ちなみに、SSAPには弊社以外にもさまざま企業が参加しており、ソニーからは「ポッシは最も良い事例の一つ」という評価をいただくことができました。革新的な商品を生み出してきたソニーにとっても、ポッシによる新しい音楽のある生活シーンの提案は画期的なものとして受け入れていただけたのだと思います。
編集部:ライオンとのコラボ商品ということですが、どちらが先に働きかけたのでしょうか。
稲垣:弊社からライオンにお声を掛けさせていただきました。SSAPが始まったのは、2018年の10月ですが、ライオンの参画は、年が明けた2019年の1月からです。きっかけは、2018年秋の展示会です。参考出展していた振動アクチュエーターにたまたまライオンの方が興味を持ってくださり、「この技術を応用して何かできないか」と声を掛けてくださったんです。ちょうど、ポッシの開発を始めていた私は、これは運命だと確信し、「今までにない画期的な歯ブラシがつくりたいんです!」とポッシにかける熱意をライオンに伝えました。
今までにない歯磨きの開発は
ミスの許されない試練の連続だった
編集部:ライオンの反応はいかがでしたか?
稲垣:前例のない製品、通常ではありえないタイトなスケジュールということで、難しいのではという意見も多かったようですが、ありがたいことにライオンの社内に興味をもってくださった方がいて、その方の熱意のおかげで製品化にむけて一気に動き出すことになりました。
編集部:製品化に向けて走り出したわけですが、今までにない歯ブラシを作るとなると、苦労も多かったのでは?
稲垣:歯ブラシに関してはまったくの門外漢ですから製法などのノウハウはゼロ。社内でどうやって作ろうかという議論から始まり、なんとか試作品までは作り上げたのですが、ライオンが歯ブラシに求める品質には遠く及びませんでした。
編集部:オーラルケアで築いてきたブランドとしてのプライドがありますしね。
稲垣:はい。今までとは形状が異なる歯ブラシとはいえ、「ライオン」という名前があるからには妥協は許されませんから品質に厳しくなるのも当然です。両社の知見と技術を結集し、短期間でミスも許されない状況の中、急ピッチで作り上げていきました。
編集部:スケジュールがタイトだったのは、なぜですか。
稲垣:SSAPでは、6か月という期間である一定の成果を出すことが求められました。どんなに優れたアイデアであっても、6か月経過した時点で成果を出す必要がありました。2019年3月までにそれなりの形で、今後の見通しが立たないようであれば、プログラムは終了します。我々がライオンに提案した時点ですでに3か月が経過していましたから、残りの3か月なんとか死ぬ気でやってみようと必死で取り組みました。幸いにして見通しが立ち、第一の関門をなんとかクリアすることができました。
編集部:ポッシ誕生までの道のりは時間との闘いでもあったわけですね。
稲垣:そうですね。ソニーからはポッシはクラウドファンディング(CF)で支援を募るのに値する事業性がありそうだと、評価していただきました。そして、すぐさま2019年の7月に開催されるソニーの大規模なイベントでポッシを発表してほしいと打診されました。しかも発表会までに量産できる見通しを確実なものにしなければなりませんでした。試作品を作り上げることと、量産化することは同じモノづくりであってもまったく別ですから、そのハードルを3か月で越えるのは至難の業でした。これが第二の関門でしたね。
編集部:数々の試練を乗り越え、CFでは2か月間で目標額2000万円をみごと達成されました。
稲垣:2000万円という金額は京セラ、ライオン2社が事業化するにあたって最低限確保すべき売上目標として設定されました。ポッシ本体と替えのブラシ3本のセットで17,500円(税別)という破格とも言える歯ブラシです。私を含めた開発に携わったメンバーは絶対の自信がありましたが、本当に売れるのかという不安視する声もありました。結果として、約1300人の方に購入していただいたことでニーズを可視化することができたと思っています。
編集部:体験イベントなどは行いましたか。
稲垣:もちろん行いました。「子どもが嫌がる歯磨きを楽しい時間に変える」というコンセプトに共感はしていただけるんですが、本当に子どもがおとなしく歯磨きしてくれるのか、なかなか信じてもらえないことも多々ありました。それでも半信半疑だった保護者の方がポッシをお子さんの口に入れてみて、初めてその良さを実感してくださった瞬間はとてもうれしかったですね。体験イベントはたいへん有意義でしたし、私自身、歯磨きに手を焼かされていた子どもが、ポッシを使い始めてからは、おとなしく口を開けてくれるようになったことも、大きな自信につながっていたと思います。
育児に参加したくても参加できていない
パパたちにこそ手に取ってもらいたい
編集部:ご自宅での子どもたちとの歯磨きタイムがポッシに対しての批判的な声を跳ね返す、ゆるぎない自信を与えてくれたわけですね。
稲垣:歯磨きはお風呂に入るのと同じくらい濃密なコミュニケーションと言ってもいいのではないでしょうか。実を言うと、ポッシはお父さんに使ってもらうことを想定して開発しました。共働き率が増えている中、男性はごみ捨てだけやっていればいいというわけにもいきません。ポッシはお父さんが育児に参加しやすいアイテムだと思います。ポッシをきっかけにお父さんが育児や家事に参加する機運がより高まってくれればうれしいですね。
編集部:今後の展望についてもお聞かせください。
稲垣:2020年3月、CFで支援してくださった方のご家庭にポッシが届きます。日々のルーティンにコミュニケーションが加わることで歯磨きの時間が楽しみに変わるはずです。お父さんやお母さんの気持ちにもゆとりが生まれると思いますし、それによって家族にとって幸せな時間が増えれば、開発した者として、こんなにうれしいことはありません。まずは支援してくださった皆様からの感想を吸い上げ、改良などを加えて今後の一般販売につなげることが現在の目標です。
<取材を終えて>
京セラ、ライオン、ソニーの3社がワンチームになって取り組んだ末に、誕生したポッシ。さまざまな制約や時間との闘い、生みの苦しみがあったからこそ、稲垣さんの並々ならぬポッシへの愛情がヒシヒシと伝わってきました。歯磨きを健康や規則正しい生活習慣といった観点からさらに一歩進んで親子のコミュニケーションの時間にするという斬新なアイデアに脱帽です。この習慣が広まれば稲垣さんの最終目標である「ポッシで世界平和」も決して夢ではないかもしれません。ある雑誌では2020年のヒット商品の予測にもランクインされるなど、期待値も高いポッシ。今後の動向に目が離せません。
Possi(ポッシ)
https://first-flight.sony.com/pj/possi
https://www.kyocera.co.jp/news/2019/0701_bibi.html