- 胎児の心拍および陣痛の状況を、遠隔で計測・記録が可能な「装置」と「システム」
- 世界初のフルワイヤレス測定が可能であり、産婦人科病院でも導入メリット大
- 特に専門医が不足する「地方」や「途上国」での普及が今後も期待される
これらは実際の産婦人科病院で使用されている分娩監視装置と同じデータを測定でき、かつ、その内容を医師が遠隔でチェックできるというもの。今回、BabyTech.jp編集部は、メロディ・インターナショナル株式会社のCMO(取締役最高マーケティング責任者)河野弘就さん(以下、敬称略)に取材を行い、製品の概要や今後の展開について伺いました。
(お話を伺ったのは)
メロディ・インターナショナル株式会社
CMO 河野弘就さん
ネットを使い、遠隔で「胎児の心拍」や「陣痛の状況」を測定できる意義
編集部: 製品の概要を教えていただけますか?
河野: 「iCTG」は、もともと東京大学で開発された分娩監視装置をベースとした、遠隔で妊婦の状態を確認できる装置です。そして「Melody i」は、「iCTG」で測定したデータをインターネットで記録・送信する「クラウドサーバー」を含めたシステム全体(プラットフォーム)の名称です。「iCTG」を構成する装置のうち、ピンク色のセンサーは「おなかの中にいる赤ちゃんの心拍」を測定し、青色のセンサーは「妊婦さんの陣痛の頻度・強度」を測定する「圧力センサー」になっています。
編集部: 実際、どのように使われるのでしょうか?
河野: たとえば、この装置を産婦人科医がいないエリアに住む妊婦さんが使用すれば、遠隔地にいる産婦人科医がデータを診断し、「あす、あさってには生まれるから病院に来てください」というような指示を出すこともできるようになります。ほかにも、赤ちゃんの心拍が弱い場合、通常の出産では産道で窒息してしまう可能性があります。ですからiCTGのデータを見て、遠隔地にいる産婦人科医が「帝王切開」に切り替えよう、と判断することも可能になります。
産婦人科の 「遠隔診療」を支えるテクノロジーとしての歩み
編集部: この装置は一般の方も購入できるのでしょうか?
河野: これらは医療用機器のため、医師や医療機関にのみ販売しています。実はこの装置は今から十数年以上前、現皇后の雅子様が愛子様を出産する際に使われています。当時、国内では医師法20条(医師は対面で診療しなければならない)の制限が厳しく、本来この装置は使用できなかったのですが、天皇家の方々は一般の法律が適用されないため、使うことが可能でした。
しかし、当時この装置を作っていたメーカーは、医師法20条の制限があるかぎり国内での販売は見込めないと判断し、製造をやめてしまいました。そこで当社が製造を引き継ぎ、海外での販売をスタートさせたのです。国内の風向きが変わったのは、2011年の東日本大震災からです。あの災害を受けて、日本の法制度は「遠隔診療」を認める方向に大きく変わり、「iCTG」も許認可を受けられるようになりました。
編集部: 御社の長年の努力が認められたわけですね。
河野: 装置についても、さまざまな改良を加えてきました。たとえば当初の装置は心拍音を離れた場所のデータ受信側でしか聞くことができず、センサー側では聞くことができませんでした。そうすると胎児の位置を探してセンサーを適切な場所に移動させるのが、とても難しくなります。だから当社ではセンサーにもスピーカーを取り付け、妊婦さんが心音を聞けるように改良しました。
妊婦さんの状態を知るために必要なデータを遠隔で測定できるメリットは、ほかにもあります。妊婦さんは赤ちゃんにも血液を送りこむため、恒常的に高血圧になってしまうのですが、病院などの慣れない環境で血圧などを測定すると、通常よりもさらに高血圧となり、使用できない異常なデータが取れてしまいます。そこでこの装置を使って、自宅などの慣れた環境で測定してもらえば、より正しいデータが取れるというメリットもあります。現在は日本産婦人科学会とも協力して、この装置の利用に関するルール作りを進めています。
病院側と妊婦側、双方に多大なメリットをもたらす「フルワイヤレス」
編集部: 利用されている方の感想はどのようなものがありますか?
河野: まず、医師の方たちには、従来型の分娩監視装置と本装置の基本的な操作方法・測定されるデータが同じなので、違和感なく使っていただいています。また、従来型の分娩監視装置は測定結果が「紙」でしかアウトプットされないのですが、本装置はスマホやタブレットがあれば、外出先や自宅などでもデータを見ることができます。このように医師が病院から離れた場所にいても、すぐに指示を出せるという点も、メリットとして感じていただいています。
妊婦さんについて言えば、出産時に陣痛促進剤を打った場合など、分娩監視装置を常時つけていなければならなくなったとき、従来型の装置ではトイレなどのたびにナースコールをして、外してもらわなければなりませんでした。一方、当社の「iCTG」はフルワイヤレスなので、つけたままでトイレに行くことができます。この点は妊婦・看護師の双方の皆さんに非常に楽になった……と言っていただいています。
価格面でも大きく進歩しており、従来の分娩監視装置をワイヤレス化する際の約半分程度の価格で導入可能です。
東日本大震災で痛感した「遠隔医療」の必要性
編集部: この製品を世に出すきっかけは、なんだったのでしょうか?
河野: やはり「東日本大震災」です。メロディ・インターナショナルの社長と私は当時、産婦人科用の電子カルテを作る会社の社長と社員でした。震災当時の現地では、分娩監視装置が使えなくなっていたり、分娩監視装置でデータを計測しても、現地に産婦人科の医師がいない……という状況を目の当たりにしました。その経験から、私たちで「iCTG」や「Melody i」のような装置・システムを作ろうと考えたのです。
編集部: まさに「遠隔医療」が切実に必要とされる場面をご覧になったのですね。
河野: その通りです。ちなみに開発にご協力いただいた東大の先生方の、「この製品の開発は最後のご奉公なので妥協したくない」という要望を受け、当社のセンサーは他社の同種製品の2倍以上の個数のセンサーを搭載しています。これにより、胎児の心拍データを途切れることなく計測することができるようになりました。
出産を巡る「国内」と「海外」、それぞれの悲劇をなくすために
編集部: 今後の展開について伺えますか?
河野: まず国内については、日本の法制度が改正されれば、当社の製品・サービスを大きく広める機会が訪れると考えています。たとえば、行政機関が母子手帳を渡す際、同時に「iCTG」を妊婦の方たちに貸し出し、「かかりつけ医」がそのデータをチェックしてくれる体制を構築することもできるでしょう。「母子手帳」はどんな妊婦の方も必ず受け取るので、すべての妊婦さんに「iCTG」が行き渡ることになり、そのときには製品の金額を1〜2万円にまで下げられるかもしれません。
これが実現すれば、妊婦の方が出産直前に救急車で運ばれ、どこにも受けいれてもらえずたらい回しになる……という悲劇を防ぐことができます。実は、出産前に産婦人科の「かかりつけ医」を持たず、定期的な検診を受けていない方は意外と多いのですが、そのような方が救急車で運ばれると、一般の産婦人科病院は患者が到着して初めて、自分たちの病院では対応できない高度治療が必要な出産であることがわかる可能性があるわけです。そのためやむなく、「万一の事態を考え、より高度な対応ができる『高次病院』に行ってください」と回答せざるを得なくなり、たらい回しが起きてしまうのです。しかし「iCTG」のデータがあれば、一般の産婦人科病院でも対応可能か判断でき、「大丈夫です。当院に来てください」と救急車に回答してもらえるようになります。私たちは「たらい回し」をゼロにしたいと、本気で考えています。
編集部: 海外展開の方はいかがでしょうか?
河野: そもそも途上国では「遠隔診断」という枠組み・制限がありません。そして海外で普及している他社製品に比べて、当社の製品は価格競争力があります。さらに途上国は専門医の数が少なく、必然的に医師は遠隔地に存在することになり、「iCTG」のようにデータを測定・送信できる技術のニーズが高くなっています。また、「iCTG」が普及することで、妊婦のいる病院の助産師・看護師のレベルアップにも役立ちます。専門医とデータを介して、コミュニケーションすることになるからです。それにより医療の質が向上し、不幸な事故を防ぐことができると私たちは考えています。
<取材を終えて>
まずは商品開発に関わられる方たちの志の高さに、大変感銘を受けました。医師不足が叫ばれる地方の現状に対応するため、このような技術の普及は必要不可欠だと思います。一刻も早く、国内で産婦人科の遠隔診断が認可されることを願ってやみません。また国際的にも非常に貢献度の高い技術であり、一層の普及が期待されます。
メロディ インターナショナル株式会社 公式ホームページ
https://melody.international/