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【CES対談】P&G Lumiに次ぐ注目を得たエッジな日本発ベビーテック

本記事のポイント
  • 「子どもの泣き声」を分析するディープラーニング技術は世界的にも希少価値が高い
  • CESに出展された「CryAnalyzer Auto」は大きな反響を呼び、ブースは大盛況
  • 欧米のベビーテック市場は大きく、CES出展でファ社の事業は大きく加速する模様
2020年1月7日から10日にかけて、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級の電子機器展示会CESでは、ここ数年、「ベビーテック」プロダクトへの注目が伸びています。今回もオムツの「パンパース」を販売する世界的な生活用品メーカーP&GがIoTオムツ「Lumi」をお披露目するなど、大変な盛り上がりを見せました。「Lumi」は既存の技術を上手にパッケージでまとめ、一般消費者に未来の育児環境のイメージを提案しました。おむつという消費財の世界にテクノロジーをもたらす先駆者としてP&Gが名乗りをあげた格好です。そのようなベビーテック分野のなかで、「他にないとがったプロダクト」として注目を集めたのは、株式会社ファーストアセントが開発した「CryAnalyzer Auto」。これはベビーテックアワードジャパン2019で大賞を受賞した同社の子育てアプリ、「パパッと育児@赤ちゃん手帳」に搭載されている「泣き声診断機能」をブラッシュアップし、赤ちゃんの枕元に置いておけば泣き声を自動的に記録・解析し、赤ちゃんの感情(=泣いている理由)を教えてくれるというものです。本記事では、株式会社ファーストアセント代表取締役CEOの服部伴之さん(以下、敬称略)と株式会社パパスマイル代表取締役の永田哲也による対談を行い、「CryAnalyzer Auto」をCESで発表した手応えや開発の経緯、今後の展開について伺いました。

 


CryAnalyzer Autoの外観


服部伴之さん(写真右)と永田(写真左)

(対談したのは)
株式会社ファーストアセント 代表取締役CEO
服部 伴之さん

株式会社パパスマイル 代表取締役
永田 哲也

「ニーズ」と「ディープラーニング」から生まれた「CryAnalyzer Auto」の技術

永田:今年のCESに参加した人たちの声を聞くと、今回のベビーテックの中で一番とがったエッジなプロダクトは「CryAnalyzer Auto」だったということで、ほぼ一致していました。そこで、まずは「CryAnalyzer Auto」が開発された経緯から伺えますか?

服部:「赤ちゃんの泣き声」から「赤ちゃんの感情(=泣いている理由)」を診断する「CryAnalyzer Auto」を開発したのは、社会的なニーズと当社のディープラーニングにおける研究テーマの一致が背景にあります。当社の育児記録用アプリ「パパッと育児@赤ちゃん手帳」では、利用者アンケートという形でニーズを吸い上げていまして、そこで定期的に「赤ちゃんが泣いている理由が知りたい」というニーズを頂いておりました。また、某ミルクメーカーの調査で、子育てにおいて最も保護者にストレスがかかるタイミングは、「赤ちゃんが泣いているとき」という報告がありましたので、ニーズが高いことを確信できました。同時にディープラーニングという技術が世の中に出てきた時に、当社だからできることはなんだろうと考えました。すでにディープラーニングによる画像解析や音声を文字にする方法論は確立されていましたから、それでは面白くないということで、音声から感情を分析する「赤ちゃんの泣き声診断」という方向でR&D(=研究・開発)をスタートしたのです。

永田:「ディープラーニングをやらなければ」というトレンド的な課題感と「ディープラーニングで赤ちゃんの泣き声を解析できそうだ」という感触と、主従関係はどちらだったのですか?

服部:ディープラーニングで初めて赤ちゃんの本当の感情がわかるかもしれない、という妄想はしていました。技術的な興味もありましたが、お母さんが感覚で判断するよりもディープラーニングで解析した方が実は正しいのでは?という好奇心があったのです。また、当社はテクノロジー系のベンチャー企業なので、やはりディープラーニングに取り組まねば、という使命感もありました。

永田:ちょうど御社が抱えていた「課題意識」と「技術的トレンド」がマッチしたわけですね。

服部:さらに「大量の赤ちゃんの泣き声データ」などはGoogleもなかなか持っていないでしょうし、当社以外はなかなかやれないよね、ということもあってR&Dに取り組んだわけです。

 

ある「社内的な偶然」により、「CryAnalyzer Auto」は完成した

永田:まさに御社の社名、ファーストアセント(=初登頂)ですね。さて、そのような経緯で開発された「赤ちゃんの泣き声」を診断する技術は、御社の「パパッと育児@赤ちゃん手帳」というスマホ用アプリに搭載されました。そして、正答率が8割を越えたことからテレビでも紹介され、ベビーテックアワードジャパン2019の大賞も受賞されています。そこから今回の「CryAnalyzer Auto」という「ハードウェア」には、どういう流れで繋がったのでしょうか?

服部:やはり赤ちゃんが泣いている時に、いちいちアプリを起動して……というのは難しいですし、泣き声を自動的かつ継続して解析すれば、もっと色々なことがわかるのではないか、と思っていました。そして泣き声を継続して検出・解析するなら、やはり赤ちゃんの枕元に常時置いておくようなハードウェアを作らなければならないと考えたのです。しかし、当社ではハードウェアを一から開発する体力がなかったので、構想だけで止まっていました。そのような状態だったのですが、ある時に気付きました。以前、当社はシニア向けの別のプロジェクトをお手伝いしていまして、その時にナースコールを作っていたのです。このナースコールにはマイクがついているし、「赤ちゃんの泣き声を解析するアルゴリズム」を動作させられるチップも搭載されています。これを改造すればすぐにできるぞ、と気づいたわけです。

そこから「CESに出る」ことを目標に定めました。いわゆる「家電の見本市」であるCESでは、いくら「このアルゴリズムはすごい」と言っても注目されません。やはり「ハードウェア」を持っていくことが必要だろうと思っていたので、これなら行けるぞ!と思ったのです。

永田:たしかに「CES」に行くならハードでなければ、という雰囲気はありますね。

服部:ユカイ工学株式会社の青木社長にも、「CESはハードがないとダメ。アプリでは注目してもらえませんよ」と言われていたので。それはずっと意識していました。

 

「CES出展企業」に課せられる「厳しいハードル」とは?

永田:完成からCESに出展されるまでにも、いろいろな苦労があったそうですが、そのあたりを伺えますか?

服部:CESに出展するにあたり、ジェトロ(JETRO・日本貿易振興機構)に相談しました。ジェトロは昨年のCESに日本のスタートアップ企業を集めた「ジャパンブース」を出展しており、そこに参加させてもらえる可能性があるという話を聞いていたからです。その結果、ジェトロの一次審査は通ったのですが、次にCTA(全米民生技術協会・CESを主催する団体)の審査がありました。そこで問題になったのが、今回の出展を予定していたCESのエウレカパーク(スタートアップ企業専用の出展ゾーン)の参加条件です。特に重要なのが「初めてのプロダクトをまだローンチしていない、または、2019年1月1日以降にローンチした企業」という点でした。

永田:意外とCTAは厳格なことを言ってくるようですね。今回も、「なぜ貴社はエウレカパークにいる。一般企業の出展ゾーンで出展しなさい」と言われた日本企業もあったようです。

服部:当社の場合、創業が2012年ですから、CTAからすると2012年に創業した企業が2020年に初めてプロダクトを出したなんて絶対にウソだろうと、どう考えても引っかかるんですね。そこを突破するために、創業から5年間は無料でアプリを提供して「育児ビッグデータ」を収集し、そのデータに基づく研究・検証を行っていた、と説明しました。そして2017年に育児ビッグデータを用いたプロダクトを作れるだけの確証ができ、今回、初めて有料販売する商品を出した……という壮大なストーリーです。実際この説明の通りなのですが、そういうR&Dをずっとしてきた会社ですよ、という話をして、なんとかエウレカパークでの出展を認めてもらえました。

永田:CES会場1階のエウレカパークはベンチャーや各国が国単位でブースを出しているエリアで、2階はいわゆる一般の企業ブースが並ぶゾーンでしたね。だからハードウェアをいくつも出している中国の新興メーカーは全部2階に上げられてしまい、会場隅の小さなブースになってしまって誰も見に来ない……という事態になっていたようです。やはりエウレカパークに出展されたのは正解だったと思いますね。

 

まったく「想定していなかったレベル」だった来場者の反響

永田:CESでは出展1日目から、大変な手応えを感じられたということですが、実際のところはいかがでしたか?

服部:実は、前日までは「こんなハードウェア、いらないよ」と言われる可能性もあると思っていました。なぜなら、欧米では基本的に子どもを別室で寝かせ、泣いていても放置するのが寝かしつけのメソッドだと聞いていたからです。しかし、実際の反応はまったく違いました。これは育児IT機器の活用に対する、日本と欧米の意識の違いがあるようです。日本で親が子どもの見守りにカメラなどのIT機器を使うと、「子どもをほったらかしにしている」などと後ろめたさのある反応をされることがあります。一方、CESでアメリカ人に言われたのは、「僕が子どものころは別室で寝かしつけられて親に放置されていたけれども、僕はカメラを使って別室で寝ている子どもを見守っているよ」と、いうようなことでした。つまりIT機器を使うことで、かつての親世代よりも育児へのコミット時間が増え、さらにそれが育児の進化である、という意識なのです。「今まではカメラでしか見守りをしていなかったので子どもの感情や変化がわからなかったけれど、この『CryAnalyzer Auto』を使えば子どもの気持ちがよくわかる。いっそう子どもを見守る親になれるだろうし、自分が子育てしていた時代にもあれば良かった」といった好意的な意見ばかりでした。来場者の反応からは、「CryAnalyzer Auto」を単品で売るのであれば、日本よりも欧米で売った方が簡単に売れそうだな……という印象を受けました。

永田:欧米の子どもの見守り系プロダクトは、大半がカメラ系という印象ですよね。

服部:そうですね。「見守りカメラ」を取り扱っている企業はたくさんいらっしゃいまして、見守りカメラに「子どもの泣き声を分析するアルゴリズムを組み込みたい」という相談を大量に頂きました。最初は一社ずつ時間をかけて話をしていましたが、これではブースが回らないと感じたので、途中からその場でディスカッションはせず、CESが終わったら連絡を取り合いましょう、という接客方法に変えましたね。ある地域での独占販売権を提供する考えはあるか?であったり、自社の商品と抱合せで販売したいであったりと、いろいろな相談を頂けました。

永田:ブースには大体どれくらいの人が?

服部:名刺をもらった枚数は140枚くらいですが、ブースに置いてあった私の名刺を持っていった人は200〜300名くらいだと思います。さらに、まったくCESで会話した記憶のない人からの「御社のブースを見たのだけれど……」という問い合わせは現在も多いです。名刺交換無しに、CES後に連絡をくれた方との商談の方が多いかもしれません。

永田:では現在、何社かと進行中というイメージですか?

服部:そうですね。

永田:ちなみに、CESには何名体制で参加されたのですか?

服部:総勢4名ですが、私以外は全員、知り合いの紹介で来てもらった外部スタッフでした。今回のCESで成功できた要因のひとつは、とてつもなく優秀な彼らの存在があります。事前に用意したプレゼンテーション資料も、彼らの指摘を受けて思い切りシンプルに変えたおかげで、来場者にうまく伝えることができました。また来場者への説明も彼らにほとんど任せたおかげで、非常にスムーズに進みました。私自身がすべて対応していたら、「なんだかよくわからないな……」という反応で終わっていたでしょう。

 

「CryAnalyzer Auto」が提供する体験は、さらにグレードアップする

永田:「CryAnalyzer Auto」が商品として世に出てくるまでに、まだ時間はかかりそうですか? それとも、もうプロダクトアウトに近いところまで来ていますか?

服部:今年8月くらいにリリースするという目標で、今は実証試験中です。単純に赤ちゃんが何を言っているかわかりますとか感情の変遷がどうです、といったことだけではなく、そういった情報を元にユーザーにサービスを提供できるようなものをやろうとしています。たとえば、どれくらい寝かしつけの時に赤ちゃんが泣いているか、深夜にどれくらい泣いているか、そのサイクルはどうなのか、といったことを分析し、そこから導かれる「寝かしつけのアドバイス」や「起こすタイミングのアドバイス」などはサービスとして提供できると思っています。

永田:赤ちゃんを寝かしつけたり、起こしたりするのに最適なタイミングを分析するのは、バイタル(体温、心拍、呼吸その他)を測定するハードウェア無しで可能ですか?

服部:現時点ではバイタルを測定するハードウェアも使って検証試験を行なっています。まだどうなるかわかりませんが、バイタルセンサーを一緒に発売することも考えています。

永田:「CryAnalyzer Auto」の各種の診断結果は、スマホアプリの「パパッと育児@赤ちゃん手帳」が窓口になるのですか?

服部:「パパッと育児」をリニューアルする話もあり、そこに全部入れるのか、もう一個別のアプリを作るのかは、8月まで検討ですね。

 

CES出展が大きく開いてくれた「海外への扉」

永田:最後に、改めてCESの印象やそこで得たものを伺えますか?

服部:最も感じたのは、こういうハードウェアに対してお金を払う意識、買おうという意欲が想像したより旺盛だったことですね。欧米の会社からの問い合わせも想像していた以上に多いです。CESが終わって2ヶ月たった今も問い合わせがくるという状況はまったく想像していなかったので、本当にすごいなという思いと、ちょっとしんどいな、という気持ちが半分あります(笑)。また、欧米のある大企業とウェブ会議をしたときには、先方の発想が非常に柔軟で、こちら側とも対等な立場で「こういったことができないかな」と、どんどん絵を描く姿勢を見せてくるのはすごいと思いました。

永田:連絡が来る企業は、やはり欧米系ですか? 中東や南米、アジア、アフリカというのは?

服部:基本はアメリカとヨーロッパです。アジア系の企業からも話はありますが、「うちはOEM製品を作る工場だから生産を手伝おうか」といった製造系の話がほとんどでした。欧米系の企業は当社のハードウェアを使ってどんなソリューションができるだろうか、というディスカッションから入り、さらに当社がビッグデータを扱う会社だということがわかると、また話が広がるという印象があります。

永田:今後が非常に楽しみですね。本日はお忙しいところ、大変ありがとうございました。ベビーテックアワードジャパン2020の募集が3月10日から始まりましたが、プロダクトアウトされていない段階でも応募できますので、ぜひ、ご応募頂ければと思います。

服部:こちらこそ、ありがとうございました。

 

<対談を終えて>

最近、国内のベビーテック企業を取材していると、海外進出を視野に入れているところが増えていることを感じます。そんななか、株式会社ファーストアセントは一足早く、日本発のベビーテックが世界に向かう扉を開いてくれました。今後は続々と同社に続く企業が現れるのではないでしょうか? このように、ますます盛り上がる日本のベビーテックを表彰する「ベビーテックアワードジャパン2020」は2020年6月に開催が予定されており、2020年3月10日からエントリーを受付中です。どんなベビーテックアイテムが登場するのか、今から待ち遠しいですね!

株式会社ファーストアセント 公式ホームページ
https://first-ascent.jp/

ベビーテックアワードジャパン2020 公式ホームページ
https://babytech.jp/btaj2020home/