- 保育園などで過ごす子どものリアルな活動量、運動量を可視化してくれるシステム
- 計測された数値は国際基準に基づいており、結果は保育計画などの改善に使える
- センサーの電池交換が年1回など、導入後の労力や金銭的ハードルは極めて低い
今回ご紹介する「さんさんキッズシステム」は、子どもの発育・発達を見える化するシステム。子ども達が装着した活動量計のデータを分析し、日々の運動量やその強度を教えてくれます。そんな同システムは「BabyTech® Award Japan 2021リサーチ・研究部門」で大賞を受賞しました。そこでBabyTech.jp編集部は「さんさんキッズシステム」を開発したゴレタネットワークス株式会社の黒田正博さん(以下、敬称略)に取材を行い、同システムの概要や開発の経緯、今後の展開について伺いました。
(お話を伺ったのは)
ゴレタネットワークス株式会社
黒田正博(くろだ・まさひろ)さん
普段どおりに過ごす子どもたちの「本当の活動量・運動量」を見える化する!
編集部:本日はお忙しいところ、大変ありがとうございます。さっそくですが、「さんさんキッズシステム」の概要と特徴について伺えますか?
黒田:さんさんキッズシステムは保育士や研究者のために、子どもの発育・発達を見える化するシステムです。具体的には子どもたちの活動量・運動量を測定・分析し、その結果を保育・教育・研究に活用していただくものです。
編集部:このシステムを開発されたきっかけはどのようなものだったのでしょう。
黒田:開発の発端は10年前の大規模震災で子どもたちの屋外活動が制限されたことでした。地方自治体が危機感をもって子どもたちの運動状況を調査したいという事で、このシステムの研究・開発がスタートしました。
子どもたちの運動が制限されてしまう環境下では「運動状況を可視化するニーズ」があるわけです。これはまさに、昨今の新型コロナとも関連があると言えます。新型コロナが発生して3年目に入り、幼稚園児や小学生の運動量が減るなど、いろいろなことが見えてきています。
子どもの運動量を測定する類似の手法では、よく研究室にある施設に子どもを連れてきて、そこで1日疑似的な運動をして、その調査データを分析する……というものがあります。しかし、子どもを慣れない環境で運動させたデータは正確なデータとは言えません。その点、さんさんキッズシステムは普段通り、子どもたちが幼稚園・保育園・小学校で遊び回っている状況のデータを得ることができます。
編集部:子どもたちの本当の運動量を計測できるわけですね!
現場で働く人の労力や導入の金銭的負担を極限まで減らしたシステム
編集部:さんさんキッズシステムの測定方法は、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
黒田:「活動量計」とよばれる重さ10グラムの装置を子どもたちに身につけてもらいます。もちろん、乳児を想定して誤嚥を防ぐための二重、三重の対策をしています。保育園や幼稚園に登園したら、それを子どもたちが自分で身につけ、降園時には取り外します。データの吸い上げは1ヶ月に1度だけ行います。
黒田:計測されたデータを分析すると、それこそ園児100名それぞれの活動量・運動量が可視化されます。さらに長期間計測することで、季節ごとの活動量・運動量の変動を見ることもできます。さらに、その100名の集団の同じ5歳児の中で、ある子どもの活動量・運動量はどれくらいの位置付けにあるのかということも簡単に確認することができます。このデータを保護者に見せることで、子どもたちの一日を伝えることもできるでしょう。将来は、詳細に記入する保育手帳も不要になるかもしれません。
編集部:パパ・ママにとって、どれだけ元気に過ごしていたかを客観的な数値で知ることができるのはとてもうれしいですね。
黒田:私はこういった保育の改善につながるシステムを運用する場合、現場で保育に携わる方たちの労力をもっと減らす必要があると考えています。よく子どもたちの活動データを無線で飛ばすシステムがありますが、かなりの電力を使います。そのために毎日電池を交換するとしたら大変な手間がかかるでしょう。その点、さんさんキッズシステムのデバイスは1年間電池交換が不要ですし、データの吸い上げ作業も月に1回だけで済みます。さらに特別な機器を使う必要はなく、どこの保育園・幼稚園にでもあるノートパソコンが1台あれば完結できます。
黒田:吸い上げた計測データはボタン一つで解析され、グラフで見ることができます。将来的には複数の保育園・幼稚園にまたがった子どもたちの活動量・運動量の分析も行いたいと思っていますが、現時点でも複数の園についてそれぞれの園内での数値比較・分析はすでに行なっています。これにより、各子どもたちが園内でどのような運動レベルにあるのかがグラフですぐに分かります。
子どもの運動状況をグローバルスタンダードな数値で検討できるようになる
黒田:国連の世界保健機関(WHO)は、2010年に5歳〜17歳の子ども、2019年に4歳以下の乳幼児の運動のガイドラインを発表しています。つまり子どもたちには最低限これくらいの運動をさせる必要がありますよ、という国際的な基準です。これをベースにすれば、さんさんキッズシステムで計測した運動量と照らし合わせて、世界標準で運動量についての議論ができるようになります。これまで保育士の方々は保育手帳などに「何々ちゃんは今日も元気に遊びました」というような報告を書くしかありませんでしたが、数値的な裏付けのある報告をすることが可能になるわけです。
ほかにも、運動量データからはさまざまなことが分かります。さんさんキッズシステムを導入していただいている保育園の中では保育士さんも活動量計を身につけていたりしますが、多くの保育士さんの中で異なる動き分類になってしまう方たちが見えたりしました。実はベテラン保育士になるほど、子どもたちと同じような動きになるのかもしれません。
編集部:それはとても面白いですね! ちなみに、現在導入されている保育園・幼稚園はどれほどでしょうか?
黒田:現在までで、およそ11の保育園・幼稚園で利用いただきました。
運動量を可視化し、そのフィードバックで保育・教育計画が改善される!
編集部:保育の現場では、どのようにさんさんキッズシステムのデータが活用されるのでしょうか?
黒田:たとえば、さんさんキッズシステムによる子どもたちの活動は「高運動量」「中運動量」「低運動量」「安静」というように分類されます。先ほどのWHOの基準というのは「高運動量」「中運動量」の活動を1日60分以上行いなさいというものですから、その基準を越えるような運動を子どもたちにさせられているかどうか、そういう指導ができているかどうか客観的に確認することができて良かった、というお話を伺っています。
これと対照的に、ある自治体で「子どもの歩数を記録する」という活動があったのですが、単純に歩数を記録しただけでは実際の運動量(強度)が分かりません。結果としてそのデータは、あまり役に立たなかったという話もあります。
編集部:保育・指導状況を評価できる明確な指標は、現場の改善に使えそうですね!
黒田:もう一つ、さんさんキッズシステムは保育士の方たちの教育にも活用されています。保育の活動について他人からダメ出しされるのではなく、客観的なデータから自分自身で保育活動にフィードバックをかけていくことができます。
たとえば、クラス全員が活発に遊んでいるように見えても、さんさんキッズシステムのデータから一部の子どもたちの運動量が足りなかったことが分かったとします。そのデータを見ることで、保育士さん自身が自分の保育計画を評価し、子どもたちに対する保育内容・支援事例を考えていく……というサイクルを回すことが可能になるわけです。
さんさんキッズシステムは1日単位ではなく、数ヶ月単位のマクロなデータを見ることができるため、子どもたちの運動の実態を把握することができます。たとえば子どもは本来、午後に運動量が多いのが基本なのですが、ある保育園でさんさんキッズシステムのデータを1ヶ月単位で見てみると、子どもたちの運動量が午前に比べて午後にガクンと下がっていることが分かったことがあります。これに気づかれた保育士の皆さんは、お昼寝が終わった午後3時以降の保育のあり方を見直そうというふうにフィードバックをかけられました。やはり統計的なデータがなければ、実態が分からないわけです。保育の先生方からこのようにさんさんキッズシステムを使っていただけたと伺い、しっかりフィードバックが回っていると感じています。
編集部:さんさんキッズシステムから得られるデータによって、どんどん保育計画がより良いものになっていくわけですね。
黒田:はい。同時に改善した成果もデータで分かりますから、保育士の方たちの自信につながります。また余談ですが、スクラッチという子どもたちの学習用プログラミング言語とさんさんキッズで記録したデータから、子どもたち自身の手で友達や兄弟と運動量を競うゲームを作ることもできます。これは小学校から必修となるプログラミング教育にも活用できると思います。
画像認識と組み合わせることで、子どもの活動状況をより一層把握できるように
編集部:さんさんキッズシステムの今後の展開について伺えますか?
黒田:活動量計を用いた基本的なシステムはできあがっていますが、さらに画像認識との組み合わせを検討しています。別に特殊な機器を使う必要はなく、ごく一般的なスマートフォンを保育園や幼稚園などに置いておくだけで、そこにいる子どもを認識することも可能です。この画像認識データと活動量計データを組み合わせることによって、「いつ、どこで、どのように子どもたちが遊んでいたか」が分かるようになります。
最近の保育は子どもがそれぞれ自由に自分の好きなところで遊ぶのが1つの流れですから、ある部屋では紙芝居を、ある部屋ではクライミングを、ある部屋では工作を……という形になっています。その自由な選択を妨げないためにも、子どもに何か特別な装置(GPSやBluetoothで距離・位置を測定するなど)を付けさせるやり方ではいけないと思います。
編集部:さらに子どもたちの詳細な活動状況が把握できるようになるのですね。しかも、スマホを置いておくだけですから保育士さんの負担も無さそうです。
黒田:狙いはそこです。同時に既存のスマホを使うだけですから、費用も安く済みます。通信費についても、さんさんキッズシステムはデータ転送や保存にクラウドを使っていますが、100人くらいの子どもたちがいても月500円くらいですみます。しかも、全国どこでも使うことができます。
編集部:導入のハードルが低いのに、保育のあり方を大きく向上させてくれそうですね! 本日は大変ありがとうございました!
取材を終えて
娘を幼稚園に通わせている親として、幼稚園で娘が元気に運動しているかどうかということは非常に気になるところです。しかし、幼稚園は子どもの数が多いため、その日の様子を細かく担任の先生に聞くことができません。ですから、さんさんキッズシステムが導入され、子どもの活動量をデータで教えてもらうことができたら非常に親としてはありがたいと思います。「幼稚園用連絡アプリ」はかなり普及していますから、すでに環境は整っているのではないでしょうか。
同時に、保育園・幼稚園としても根拠ある保育・教育計画を立て、実践しているとして評判になり、差別化にもつながるかもしれません。それこそ、国や自治体が子どもたちの運動不足や肥満を解消し、将来の医療費低減につなげるためにもバックアップしてくれないだろうか……そんなことまで考えさせてくれるシステムだと感じました。
「さんさんキッズシステム」 公式ホームページ
https://www.goletanetworks.com/ict-for-child-development
(終わり)