- これまで周知されていなかった「病児保育」について、必要な情報を一元的に提供
- ICTの導入により、病児保育の「利便性」と「施設稼働率」の向上が期待できる
- 「体調を崩した子どもにとって最適な環境の提供」と「保護者の就労支援」を両立
(お話を伺ったのは)
CI Inc. CEO
園田 正樹さん
意外なほど知られていない「病児保育」の現状とは?
編集部:まずは「病児保育」の現状について教えていただけますか?
園田:「病児」とは風邪やインフルエンザなど、軽症だけれども保育園では預かってもらえない状態の子どもたちのことです。私たちが取り扱うサービスの対象は、そのような子どもを預かる「病児保育施設」です。そこでは「病気のケア」と「保育」の両方を行うために保育士と看護師がおり、施設によっては病院が併設されていることもあります。そんなスペシャリストを揃えた施設が、実は全国に1750ヶ所ほどあります。
編集部: そんなにあるのですか!?
園田: はい。しかし、当社が行なった保護者アンケートによると、病児保育については「知らない」「名前しか知らない」という回答が75%を占め、実際に病児保育を利用したことがある保護者はわずか12%でした。ですから、病児保育の「認知度」をもっと高めることも私たちの目標の1つです。
園田:また、病児保育における最大の課題は「施設利用率の低さ」です。5年前に行われた内閣府の調査によると、病児保育施設の利用率は30%ほどでした。
編集部:せっかくの施設が7割も使われていないのですね……。
園田:使われていない原因として考えられるのが、「利用手続きの複雑さ」です。下記の「病児保育を利用する際の流れ」を見てください。そもそも子どもが病気になる前に、施設に「事前登録」をしていなければ利用できません。しかも、この登録は年度ごとに切り替わるので、毎年やりなおす必要があります。つまり、子どもが発熱してから病児保育を知った保護者は、基本的に当日には利用できないのです(市区町村によって対応は異なります)。さらに、これらの仕組みやルールは自治体ごとに異なります。
園田:登録していても、その利用にはさまざまなハードルがあります。たとえば病児保育施設の予約〜決済の手続きには、大量の書類が存在します。そして最も困難なのが「施設を利用するための予約」を取ることです。施設の9割以上は予約受付方法が「電話のみ」のため、それこそ朝は30分以上電話が繋がらないことが日常的です。これは職員の出勤時間しか受け付けられないために、利用者の電話が特定の時間帯に集中してしまうためです。たとえば、前日の夜に子どもが発熱したら、翌日の朝7時の受付時間から電話をかけ続け、ようやく繋がっても空きが無ければ、また別の施設に電話をかける……ということになります。
編集部:それは保護者も、施設側にとっても非常につらい話ですね。
園田:さらに問題なのは、この予約の当日朝の「キャンセル率」が3割〜7割にのぼることです。子どもの体調は変わりやすく、前の晩に発熱してその日のうちに予約を取ったものの、翌朝には体調が回復し、保育園に行けることもよくあります。ところが先ほどのような電話の状況から、キャンセルの電話がなかなか繋がらず、結果として「無断キャンセル」になってしまう事態が多数発生しています。また、キャンセルを受け付けた後にも、キャンセル待ちの方に利用確定の連絡をするなど、保育園側には多くの業務が発生します。さらにギリギリのタイミングで利用確定の連絡が来る場合、キャンセル待ちをしていた保護者はすでに職場を休んで対応していたりもするのです。このように利用したい人が利用できず、施設側も稼働率が下がってしまう(=利益が出ない)という、困った状況が続いてきました。
編集部:これは本当に大変な状況ですね……。ちなみに病児保育を受けるには、必ず医師の診察が必要なのですか?
園田:病児保育を受けるには必ず病院で診察を受け、「医師連絡票」という書類をもらわなければなりません。これは子どもがどんな病気かを証明するもので、その内容によって病児保育施設にある「隔離対応の部屋」と「一般の部屋」のどちらで保育するかが決まります。
病児保育に関する「ポータルサイト」の目的
編集部: 本当に病児保育については、知られていないことがたくさんありますね。
園田: はい。そこでまず、7月をめどに「あずかるこちゃん」の「ポータルサイト」をリリースします。このサイトでは「病児保育を利用する際のポイント」や「全国各地の病児保育施設の情報」、さらには「病児保育施設とはどんな施設なのか」ということを、保護者のみなさんにわかりやすくお伝えしたいと考えています。たとえば病児保育施設は、病院併設で医師の診察から施設への入室までワンストップで行えるところもあります。さらに「病児(急性期の子ども。インフルエンザで高熱を出している、など)」は入室できず、「病後児(回復期の子ども。病状は安定しているが保育園には行けない、など)」のみしか入室できない施設もあります。しかし、このような情報は市区町村のホームページを探さなければ見つかりません。だから私たちのポータルサイトでは、そのような近隣にある病児保育施設の情報も簡単に見られるようにする予定です。
編集部: 保護者にとって、とてもありがたいサイトになりそうですね。
園田: ポータルサイトのもう一つの狙いは、「病児保育のイメージをポジティブに変えていく」ということです。これまで「病児保育」には、ネガティブなイメージが少なからずありました。たとえば「病気の子どもが集まっている施設に預けると、他の病気をもらってしまいそう」とか「子どもが病気の時くらい、親が仕事を休んで看病するべき」というようなイメージですね。しかし、実際の病児保育施設は感染性の病気の場合には隔離された部屋を使って保育していますし、子どもの手が触れる部分(=おもちゃなど)は毎日すべて消毒しており、咳やクシャミ、鼻水に対しても「標準的予防策」と呼ばれる病院と同じ対応が行われていることを知っていただきたいのです。また、病児保育施設は50年くらい前に「女性の就労支援」のためにスタートした制度なのですが、むしろ私は「子供支援」であると考えています。なぜなら、家庭ではどうして良いかわからない症状が出た場合でも、病児保育施設ではすぐに医療関係者による適切な処置ができます。さらに継続して保育を行うことができますから、発達・発育の面でも良い環境にあります。つまり病児保育施設は「子どものための場所」であり、その結果として「保護者の就労支援」にも繋がっていると言えます。ですから、保護者の方には病児保育施設を利用することは「親のために子どもを犠牲にしている」のではなく、「子どものために最適な環境を選んでいる」と考えていただきたいですね。
ネット予約サービス「あずかるこちゃん」の目指す場所
編集部: 「病児保育施設」は素晴らしい施設だということが良くわかりました……。
園田: しかし、そんな施設が十分に使われていない(=利用率が低い)ということが問題です。理由は繰り返しになりますが、その「使いづらさ」にあります。この問題を解決するため、ポータルサイトと同時にリリースを目指しているのが、病児保育ネット予約サービス「あずかるこちゃん」です。
編集部: こちらはどのようなサービスなのですか?
園田:現在、いくつかの病児保育施設や保護者の皆様と実証試験を行なっているところですが、基本的な仕組みは次のようなものです。「あずかるこちゃん」の中に下記のようなマップがあり、近隣の病児保育施設について「満室」「空室あり」という状況が表示されます。それら施設のアイコンを選ぶことで、施設の予約ができます。
「あずかるこちゃん」の施設マップ(イメージ)
編集部:もう、電話をかけなくてもいいわけですね!
園田:その通りです。ポイントは満室の施設について「キャンセル待ち」ができ、かつ、別の施設も予約しておけることです。もし、指定時間までにキャンセル待ちをしていた施設に空きが出た場合は、自動的に予約がその施設に移行し、もう一方の予約していた施設にはキャンセルの連絡が行われます。そしてキャンセルした施設においても、同様に他の人のキャンセル待ちが繰り上げられます。このようなICTを使った予約調整により、地域の病児保育施設全体で利用率が向上する仕組みになっています。また、「あずかるこちゃん」にはLINEを使用した問診票を用意しており、病児保育施設に入室する際の書類のやり取りの負担も軽減できます。これは施設側にとっても、入室する子どもの症状が事前にわかり、スムーズに受け入れができるメリットがあります。
園田:現在行っている実証試験でも、関係者の皆様からは「電話連絡が無くなって良かった」「24時間いつでも予約できるのはありがたい」「事前の情報入力が助かる」などの感想をいただいています。また、ビジネスモデルは保護者の利用は無料、病児保育施設あるいは市区町村からシステム利用料をもらうというものです。現状、病児保育施設の6〜7割が赤字であり、委託事業元である市区町村と契約することでシステムを運用していきたいと考えています。病児保育の充実は「子育て世代に魅力ある街づくり」をどう実現していくかという行政のミッションと一致しますし、市区町村と契約ができれば、そのエリアの保護者は全施設で「あずかるこちゃん」を利用可能になるためです。
「あずかるこちゃん」が生まれた経緯
編集部: 園田さんが、この取り組みを始められたきっかけは何だったのでしょうか?
園田: 病児保育に取り組むきっかけは、私が産婦人科医として現場で直面した「産後うつ」と「親による虐待」でした。そのような問題の解決には「生活を変えること」が必要ですが、医師(=病気を治す専門家)としての立場でできることは、本当に少ないことに気がついたのです。その悩みの中で出会ったのが、大学院で学んだ「公衆衛生」という学問でした。この学問は一言で言えば「社会全体の幸福度をいかに上げるか考える学問」であり、基本的に患者さんと一対一の関係になる現場の医師とは真逆の発想をもたらしてくれました。つまり「産後うつ」や「虐待」を解決するにあたり、「個人単位」ではなく、「社会全体」を変えることに取り組むというアイデアが生まれたのです。もう1つ、産婦人科医としてたくさんのお母さんたちに直接話を聞くことができたのですが、その時に強く感情を動かされたのが「子供が病気になるたびに仕事を休むことが増え、結果として会社を辞めることになった。とてもつらかった……」というお話でした。このことから「そもそも社会の構造がおかしいのではないか?」と考え、それを変えたいと思うようになったのです。さらに子どもを持つ友人の「病児保育施設は本当に使いづらい」という一言から「病児保育施設」の存在を知り、これが解決の鍵になると考えました。また、起業まで踏み切れたのは当時参加していたIHL(ヘルスケアリーダーシップ研究会)というNPOで、1年かけてベンチャーキャピタリストやIT企業の役員、医師、助産師、看護師、薬剤師といった素晴らしいメンバーと、この問題を検討する機会を得られたおかげです。
「あずかるこちゃん」の今後の展開は?
編集部: これからの「あずかるこちゃん」の展開は、どのようにお考えでしょうか?
園田: 私が「病児保育」における課題と考えているのは、「そもそも知られていない」および「施設の利用率が低い」、「まだまだ施設が少ない」の3つです。最初の2つについては「ポータルサイト」と「ネット予約サービス」が解決に向けた取り組みであり、「施設が少ない」という点については、潜在的な利用者数を試算すると現在の病児保育施設数は不足していることを今年8月頃に論文としてまとめ、全国の市区町村などに訴えていく予定です。今年の7月にリリースするポータルサイトについては全国の施設について網羅することを目指しており、予約サービスについては東京都を中心とした関東の施設がメインとなる予定で考えています。なお、「ネット予約サービス」の導入はリモートでも可能なので、遠隔地の病児保育施設の方にもお声がけいただきたいですね。
編集部:これらの課題を解決に取り組む体制は、現状どのようなものでしょうか?
園田:現在、「あずかるこちゃん」の取り組みを実現するために、小児科医、エンジニア、病児保育専門士、プロボノ(社会貢献にボランティアで取り組む専門家。例:デザイナー、コンサルタント、プログラマー、他)の皆さんなど、たくさんの方のご協力を頂いています。また全国病児保育協議会や病児保育施設の方たちにご協力いただいていることが、私たちにとって最大の強みになっております。さまざまな形で産官学の連携も進めているほか、4月からはクラウドファンディングも始めます。これは資金調達だけが目的ではなく、「病児保育」という社会問題について世の中の人に知ってもらうための広報的な意味と、何より多くの人の力で一緒にこの課題を解決していきたいという想いが大きいです。
編集部:連携先は、どんどん広がりそうですね。
園田:いずれは保育園とも連携していきたいと考えています。たとえば日中に保育園で子どもが熱を出したら、保護者が来なくても病児保育に行けるようにする、などです。ここには企業も巻き込みたいと考えています。なぜなら「病児保育の連携」が進めば、子育て中の社員が急に呼び出されたり、リモートワークの社員が子どもを看病しながら仕事をするといった事態が解決でき、企業にとってもメリットがあるからです。このようにさまざまな関係者と連携し、子どもが安心して育つことができるネットワークを作りたいと思っています。
<取材を終えて>
「予約は電話のみ」というアナログで非効率な方法により、病児保育施設という素晴らしい資源が利用できず、多くの方が仕事を休んでいます。結果、園田さんの言う「みんな悪くない。それなのに、みんながしんどい」という状況を生み出しています。保護者世代に普及しているスマホとLINEを活用した解決策は、まさに時代が求めているものではないでしょうか。これから保育園通いを始める子どもを持つ親の1人として、同社の取り組みが一刻も早く全国に広がることを期待します。