BTA2024受賞商品発表

赤ちゃんの水分量を監視し脱水症状を警告。スマートおしゃぶり「YourPacifier(ユア パシファイア)」

本製品のポイント
  • チームメンバーがパラオ共和国で脱水に苦しむ多くの乳幼児と対面し、開発スタート
  • おしゃぶりに付いているセンサーによって、赤ちゃんの「水分量」を判定
  • 「脱水症状」の場合はスマホに通知し、適切な処置方法もアドバイスしてくれる
日本国内で発売されているベビーテック製品は、海外に比べてそれほど出揃っていない状況ですが、ここ最近は次々と意欲的なアイテムが登場しています。今回ご紹介するのは、革新的な掃除機の開発者として有名なジェームズ・ダイソン氏の財団が主催する国際ビジネスコンテスト「ジェームズ ダイソン アワード2018」で国内最優秀作品に選ばれた「YourPacifier(ユア パシファイア)」。おしゃぶりに付属するセンサーで赤ちゃんの「水分量」を測定し、「脱水症状」の場合はスマホに通知してくれるシステムです。BabyTech編集部は「ユア パシファイア」を開発したチームRota++のリーダーである山蔦 栄太郎さんに電話取材を行い、その概要や今後の展開について伺いました。

(お話を伺ったのは)
チームRota++
リーダー 山蔦 栄太郎さん

 

スタンフォード大学での「偶然の出会い」から生まれた

編集部:「ユア パシファイア」を開発したきっかけを教えてください。

山蔦: チームRota++のメンバーである当時医学部生の寺本が、研究・研修目的でパラオ共和国の病院を訪れた際、「脱水症状」で担ぎ込まれる数多くの赤ちゃんを見た……というのが「ユア パシファイア」を開発したきっかけです。

編集部: そこからの開発はどのように進んだのでしょうか?

山蔦: スタンフォード大学のヘルスケア・ハッカソン(医療系技術者によるイベント)で、寺本が「途上国でのロタウィルスによる嘔吐・下痢の解決策は、何かないだろうか?」と問題提起しました。そのイベントに参加していて、彼の提起した問題に興味を持ったメンバーが「チームRota++」となったのです。そしてメンバー達が「こういうアイデアはどうか」「自分はこんな技術を持っている」という話し合いをする中から、「ユア パシファイア」は生まれました。その後、日本に帰ってきてからも改良を続けたのですが、メンバーが全国各地に散らばっていたので苦労しました。ソフトウェアの開発ならネット上で完結できますが、ハードウェアは実際に集まって改良しないと、手触り感も含めて良いものができないので。他にも学生メンバーは本業(=学業)が忙しくなったり、センサー・回路系に強いメンバーがいないことも大変でした。

 

「医療先進国」と「医療途上国」で異なる使われ方

編集部:「ユア パシファイア」の使い方を教えてください。

山蔦: 「体温計」などと同様、ピンポイントに必要な時に測定する、というイメージです。赤ちゃんが嘔吐や下痢をするなど、「おかしいな……」と思われたタイミングで「センサー付きのおしゃぶり」をくわえさせる、という使い方を想定しています。

編集部: 使う場所として想定されているのは?

山蔦: 基本的には「家庭」や「保育園」です。そこで使っていただいて、今すぐ病院に連れて行くべきなのか、連れて行かなくても大丈夫なのかを判別するのが第一の目的です。たとえば日本や欧米のような医療先進国では、深夜に嘔吐した赤ちゃんを心配する保護者が、とにかくすぐに救急病院に駆け込んでしまう事例がよくあります。しかし、実際には病院でも「水を飲ませて様子をみてください」という処置になることがほとんどです。それなのにいちいち深夜に救急病院で診療を受けていたら、保護者にとって大きな負担になりますし、国の医療費を圧迫する原因にもなっています。ですから「ユア パシファイア」の役割は、水分量の測定と合わせて適切な処置方法を提示し、保護者の方に安心していただくことになります。たとえば「水分を飲ませて様子をみてください。念のため、一般の病院がオープンしてから診察を受けてください」というようなことを、スマホを通じてアドバイスするわけです。

編集部: パラオのような場所での使われ方はどのようなイメージでしょうか?

山蔦:逆にパラオなどでは、水あたりや食中毒などによる嘔吐・下痢がありふれているため、親が赤ちゃんの深刻な症状を見過ごしてしまうことが多くなっています。ですから、このような場合の「ユア パシファイア」の役割は、必要に応じて「今すぐ病院に連れて行ってください」という通知を出す、というものになります。

編集部: 「ユア パシファイア」の素材や製法について伺えますか?

山蔦:口でくわえる部分は通常のおしゃぶりと同じシリコンラバーを使い、持ち手の部分は3Dプリンターで形成できるPLA樹脂(ポリ乳酸)などを使っています。ただプロトタイプ段階ですので、デザインも素材も変わり続けています。ソフトウェアの改良も含めれば、試作品の数は20タイプ近くになります。

 

「3つの要素」からなる「ユア パシファイア」の構成

編集部: 「ユア パシファイア」全体の構成について教えてください。

山蔦:「ユア パシファイア」は「おしゃぶり(センサー)」と「保護者が使うスマホにインストールするアプリ」、「地域の病院や国・自治体の医療部門に設置されるダッシュボード」の3つから構成されています。このうち「ダッシュボード」は、その地域で「ユア パシファイア」を使うユーザーのスマホから位置情報などを収集してデータベース化し、可視化することができます。どのエリアの赤ちゃんに、どのような傾向が見られるか……つまり、ある地域における「嘔吐・下痢を引き起こす病気が流行っている場所・状況」が把握できるわけです。これを利用すればウイルス性感染症の流行を探知し、予防の啓発を行うことも可能になるでしょう。

編集部: 「スマホアプリ」はどのようなものですか?

山蔦: まず、スマホアプリでは「おしゃぶり(センサー)」で測定した水分量の結果が表示されます。これは体温計で測られる「体温」のようなものです。次に、その測定された水分量に応じて「問診モード」に入ります。これは小児科学会などが公表している「赤ちゃんの脱水症状のレベルを判断する設問」がベースになっており、「泣き声はどうか」、「身体の動きはどうか」などの質問に答えてもらう形式になっています。これらの結果により「今すぐ病院に連れて行くべきか」、「様子を見るべきか」をアプリが判定する仕組みになっています。

 

保護者の要望を受け、さらに発展したデバイスへ

編集部:現在の開発状況と今後の展開について教えてください。

山蔦: チームRota++の他のメンバーは学業が忙しくなったり、就職または医師として働き始めたので、現在は私とデザイナーの2名体制で開発しています。また、保護者の方にアンケートを取ってみると、おしゃぶりを水分センサーとして使う現行のシステムには、「くわえさせた時しか、水分量を測定できない」「赤ちゃんが嫌がって、おしゃぶりを吐き出してしまう」「おしゃぶりを使うと、歯の形が悪くなるのが心配」などの声が出てきました。さらに赤ちゃんは下痢や嘔吐だけでなく、「夏の暑さ」で脱水症状になることがニュースで取り上げられたことから、より継続的に水分量を測定できるシステムへの改良を進めています。こちらのセンサーの形状としては、リストバンド型などを検討しているところです。

 

<取材を終えて>

山蔦さんによれば、現在の技術に特許化の目処がついた段階で投資を募り、普及させていきたいとのこと。また、最初に途上国にポイントを絞ってしまうと資金面で行き詰まってしまうため、まずは欧米先進国での普及を目指したいということでした。ちなみに国内展開については、「日本では『親の愛情が一番!』という価値観が強く、ベビーテックへの抵抗感がありますから……」ということでした。しかし、国内でも若い世代を中心に、確実にベビーテックへの期待感が高まっていることを感じます。ぜひ、国内での商品化も期待したいと思いました。